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息子から初めてプレゼントされた鉄道模型 [雑感]

年明け早々、毎年毎年やってくる自分の誕生日。今回の年末年始は例年になく多忙だったので、自分が一つ齢をとることさえ忘れがちだった1月はじめのこと。

毎年妻が作ってくれる誕生日ケーキですが、先日食べた今年のケーキはいつもと違ったものでした。

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ずばり「38」という数字が白黒逆に書かれたケーキ。妻曰く、38歳は人生の折り返し地点、とのこと。

ケーキを見ながらすぐにネットで調べて、「2012年の日本の男の平均寿命は79.94歳なんだって・・・」、なんていうことは決して話さずに、有難くお礼を言った矢先、次は小学校低学年の息子(長男)からのプレゼント

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かなり前から用意していた、と息子(長男)が話すプレゼント。 早速開けてみたら、びっくり!

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タンクの貨車の模型が入っていました!しかも、パンタグラフ(PT48)と一緒。

タム6000は、自分が小学生の時に、TOMIXのカタログに載っていた貨車です。 最近、実在しない「フリースタイル」の貨車であることを初めて知りましたが、息子はこの「中古品」をハードオフ見つけた時、貯めていたお小遣い使って買ってくれたとのこと。

思わず涙が・・・・・・

・・・出ることはありませんでしたが、胸がジーンとなるようなプレゼントでした。お礼を言って、有難くいただきました。

PT48の下枠交差型のパンタグラフは、今後東武の模型を作る際に活用することにします。

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多忙のままに年末年始が終わり、すぐに仕事が始まった平成26年。

お皿に載せたケーキの上の「38」の数字はすぐに崩れてしまいましたが、今年も一年頑張ろうと思いました。 


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つくばマラソンのキロポストとガンダム [雑感]

11月24日日曜日に開催された第33回つくばマラソン

以下、鉄道とは全く関係のない話です。

これまで、この大会に3回出場して何とか全てを完走してきたのですが、今回は7年ぶりの出場。しかも、まともに練習して参加をするのは初めてのこと。

大会前日の11月23日によく晴れた秋晴れの日。マラソンコースの近辺を試走した時に見つけたキロポスト。見覚え、聞き覚えがある言葉だなぁ、と思ったら、よくよく思い出してみると、ガンダムなどのアニメの名言だったので、思わず撮影してしまいました。

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スタートしてすぐの2km地点。

「提督、どうか武運長久を・・・ 私、フィニッシュから見ているネ・・・」

 

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3km地点。「覚悟を決めろ!他の誰でもない・・・ これはお前のレースだ!」

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5km地点。「マラソンに状況など選べはしない。マラソンは、生か死かだ。」

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7km地点。「ジェリド、俺の作戦に乗らないか? 42.195kmを走るつくばマラソンだ」

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ゴールまで後8kmほど。34km地点。「俺はゴールに向かう為に1万数千キロを走っていたかも知れぬ」

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36km地点。「まだだ 、まだ終わらんよ!」

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37km地点。「坊主、自分の力で勝ったのではないぞ! このつくばコースの特性のおかげだということを忘れるな」

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39km地点。「つくばの栄光、この俺のプライド、やらせはせん、やらせはせんぞぉ!」

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ゴールまであと3km地点。 「今日を頑張った者・・・今日を頑張り始めた者のみ・・・明日が来るんだよ!」

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40km地点。「つくばを走るからには、貴様はランナーなのだ! この順位を守る義務がある!」

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あと2km地点。「RUNNERの生命の大車輪が、RUNNERの直感をプッシュしたのだ!」

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あと1km地点。「 ・・・うごいてる。ボクの脚は・・・ まだ、うごいているぞ。」

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ゴールの競技場の入口直前。42km地点。

「ララァ、私をフィニッシュへ導いてくれ!」

字の大きさだけでなく、字の背景の色まで、随分凝っているなぁ、と思って、試走しながら写真を撮りました。


7km地点と42km地点のキロポストの写真をFacebookに投稿してみたのですが、様々な人から感想が寄せられました。

総じて、「筑波研究学園都市」という土地柄、理科系や工学系の研究開発に従事している人々が多いことや、特にロボット(つくば市はロボット特区に指定されている)開発に従事したり関心のある人々が多い為、現在一線で働いている30代、40代であればガンダムの名言も判るんじゃないか、という雰囲気でした。(もちろん、元々ガンダムが好きで、工学系に進んだ人も。)

このように大会本番前に、ガンダム名言集をコース上で見ることになったのですが、帰ってきたから急遽、走りながら聴く音楽に、ガンダム関係の音楽を追加することにしました。 例えば、「水の星へ愛をこめて」、「いとしいひとよ」、「哀戦士」などなど。 

そして、大会当日。。。

これまで練習せずに参加し、5時間台で完走(半分は徒歩)して残された記録をエントリーシートに記載していたのですが、その記録がベースになり、スタート地点から数百メートル後方にあるブロック(ブロックは、スタート地点近傍からAからHまで。Hは最後尾)の更に最後尾に近いところからスタートすることになりました。

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9時30分。スタートの号砲も聞こえない遠方から走行開始。スタートラインを通過するまで、約9分かかりました。しかも、5km地点を通過するまでは、渋滞。。。

5km地点以降、約5分/1km前後のペースで走行。ゴールした後、RUNKEEPER の記録を見ると、20kmから30kmの間が最も早く、キロ5分以下で走っていることが判りました。

折り返し地点を過ぎ、進路を北へ変えて走る途中、アスファルトに映る自分の影を見ながら坦々と走っていた辺りが、まさに25kmの前後でした。

30kmを過ぎて脱落して路傍で休む人を見ながら、自分の脚もいつ動かなくなるかどうか・・・、という不安に駆られながら完走。

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完走証発行所。

記録は、自己記録を約2時間更新。(いままでが遅過ぎただけですが。) 

グロスで3時間49分。ネットで3時間40分。サブ4(サブフォー)を達成することができました。

今年の7月以降、出勤前の早朝や週末を使って月150~200km走りこんで来たことが自信には繋がったとは思うものの、ゴール直前、ラストスパートできる余力があったのを省みると、気持ちに負けたんだなぁと反省してしまいました。 

しかし、事前に撮影したキロポストは、走っている途中では全く目に入りませんでした・・・。もう少し、キロポストの看板が大きければ目に入ったかもしれませんが、いずれにせよ、走ることに集中していると、キロポストに書かれた数字だけが目に入り、細かい字は目にほとんど入りませんでした。

結局、つくばマラソンでのガンダムの思い出は、音楽だけでした。  


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中国高速鉄道での衝突事故負傷者数に関する簡単な考察 [雑感]

去年、中国で起きた高速鉄道(新幹線)事故。
何らかのトラブルが発生していて停車中だった列車(乗客1072名)に、後続の列車(乗客558名)が高速で突っ込み、2両が脱線。後続の列車のうち、4両が高架橋の下へ転落。負傷者192名死亡者40名とされている。

・・・以上は、公表されている一次情報。以下は、本来報道機関が考察しなければならないと思うこと。

**************
事故に遭った車両は、航空宇宙業界ではお馴染みのドイツのボンバルディア製の車両(Regina)と、日本の川崎重工製の新幹線(E2系)。

ドイツ製は16両編成、1072名乗車、一両当たり平均67名。川崎重工製は8両編成、558名乗車、一両当たり平均69名。衝突後、ドイツ製は2両が脱線。脱線の衝撃などによって、67名×2両=134名以上が負傷したはず。一方、川崎重工製の新幹線は、ドイツ製に突っ込んだ後、半分の4両が高架橋の10m下の地面へ転落。10m以上下の地面に叩きつけられた衝撃などによって、69名×4両=276名以上が重軽傷以上の負傷を負ったはず。
すなわち、134名+276名=410名の乗客が少なくとも負傷もしくは死亡したはず。更に、時速100km/h以上のスピード(新幹線であるが故に、更に早い?)だったゆえに、脱線転落した車両以外(合計18両)に乗車していた人々も、相当数怪我をしているはず。

よって、この事故では、少なく見積もっても、410名以上の人々が重軽傷を負っていたはず。

・・・にも関わらず、公表では負傷者192名、死亡者40名、合計232名が被害にあったと、シナは報道。。。

普通に考えて被害に遭っている人々と公表されている人々との人数の差異は、
410名(少なくとも負傷したと想定される人数)-232名(公表値)=178名
これらの人々はどこに消えたのか・・・?

と思って、ネットを見ていたら、やはりそうだった。

事故の後、被害者の親族が色んな病院を廻っても、探している人が見つからなかったこと。

すなわち、彼らが「行方不明」とされていること。。。沢山の人々が、自分の夫や妻や子供の遺体すら見つけられず途方にくれていたこと。そしておそらく、「天安門事件」や頻発する「デモ」と同様に、報道規制されていること。

 
**************
一方で、「負傷者はもっといたはずだ!」と誰かは言うが、具体的に定量的に、どのくらいの人が怪我を負っていてもおかしくないはずだ!と考察した報道機関は日本にあったのだろうか?
大学受験の時に、試験科目に数学がなかったからよくわかりません。細かい話は。。。第一、数字は苦手です。
・・・という人が報道機関の記者の中に、もしいたとしても、情報収集と算数くらいはできるだろうに。その意欲もないということか。
 
おそらく、時間が経てば風化して忘れられる。そして、捏造された数字だけが一人歩きしていく。
ふと思い出した。南京事件もこんな感じだったのだろうと。 
日本の雰囲気と諦めの中で、ネットの中だけでは、より事実に近づける。
何かおかしいな、と思いつつも。 
 

東急車両製造がJR東日本へ [雑感]

約20年前、JR東日本の圧力で車両製造技術を供与した東急車両。軒先を貸したつもりで車両の生産を委託させたつもりが、この度、東急車両製造自体がJR東日本へ65億円で譲渡されることになりました。

「東急車両 JR東日本」で→ググる

情報漏えいを防ぐ高度な手立てを整えた東急車両製造が、先人の技術者の方々の知恵と経験の結晶たる新幹線を、中国に売り渡したJR東日本(の経営層)に渡る時、日本の鉄道車両技術も中国へダダ漏れということになるのかと思うと、悲しくなります。

日本の鉄道製造技術の砦は、日本車両製造となるのでしょう。。。


「日本海」といえば・・・ [雑感]

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日本海」を臨みながら走る羽越本線。湖西線+北陸本線+信越本線+羽越本線+奥羽本線を総称した「日本海縦貫線」。大阪と青森を結ぶ寝台特急「日本海」。哀しみ本線「日本海」・・・。日本海は、鉄の世界では、ごく当たり前のように定着しています。

日本海は日本海として、日本でも世界でも、海でも鉄道の世界でも定着しているにも関わらず、小中華思想に基づいた某国のウリナリズムにより、日本海は、国際的に「東海」へと変えられようとしていました。

先の震災の後、米国で日本支援のチャリティーのTシャツが販売されることとなったのですが、その際、Tシャツに描かれた日本地図の傍らの「日本海」という標記に某国が抗議し、販売が差し止められたのは記憶に新しいと思います。(後日、「日本海」という標記が消されて、販売されました。→ 「Tシャツ 日本海 震災」 でググる

しかし、今日の報道に拠れば、漸く決着がつきそうです。(時事通信@8/9) これまでの経緯については、wikipedia、日本海という名称の正当性については、外務省のサイトに詳細に述べられています。

なお、以下は某掲示板抜粋の簡単な経緯です。↓


朝鮮:「特定の国の名を使うのは良くない」

日本:「昔から国際的には日本海」

朝鮮:「東海にしろ」

(ところが東海という古地図はほとんど存在しない←マジ)

中国:「東海は東シナ海のこと。日本海でいい」

朝鮮:「じゃ日本海/東海の併記にしろ」

アメリカイギリス「併記なんて論外」

朝鮮:「じゃ朝鮮海にしろ」

日本:「特定の国の名を使うのは良くない、っったのはオマエだろ」

朝鮮:「じゃ蒼海にしろ」

外国:「なんだそれ? もう相手すんのよそう」←いまココ


「日本海」を「東海」とする試み以外に、日本の文化を自国の起源とするウリナリズムも存在しますが、こちらについてもwikipediaに事細かく、実に詳細に述べられています。(韓国起源説@wikipedia

この国の主張によれば、剣道や剣術、侍、武士道も韓国起源だそうです。そのうち、新幹線も飛行機も韓国起源とされてしまいそうです。ちなみに、世界で最初の高速鉄道同士の正面衝突は、ソウル駅で起きています。(「ソウル駅 KTX 正面衝突」 で 画像でググる


最後に、以前見た動画の中で、虫唾が走った動画をご紹介します。「悪い事をするときは日本人って言うんだよな」 (「悪いこと 韓国 日本人 youtube」 でググる) 動画中、そうすることが、かの国にとっての愛国心だとのコメントがあります。

また、先日韓国にて開催された女子バレーボールワールドグランプリ2011にて、選手の前で演奏された君が代を途中でカットしました。しかも、直後に反日ソング「独島は我が領土」を流していたようです。。。(youtubeへ)


国土地理院で地図を眺める [雑感]

6月中旬にあった職場の異動前は送別会が続きましたが、異動後の今は、歓迎会がしばらく続いています。

今回の異動に伴い引越した家のすぐ近くに、国土地理院があります。梅雨空の合間の週末、引越後の部屋の片付けに、強制的にひと段落をつけ、下の子供を連れて、国土地理院に併設する地図と測量の科学館に出かけてきました。

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自分の昔を振り返れば、幼い頃の電車好きが高じて、時刻表や地図を見るのが好きになり、社会科の地理が好きになり、理科が好きになり、結果的に今の職業を選んだように、住む場所も、それとなく、惹きつけられるかのように決めてしまったような感があります。センター試験も地理だけは満点でした。理科系だったのに。

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約2年半前、鎌倉に転勤する以前、つくば市に住んでいながら、国土地理院を訪れたのはたった一回限りでした。今回は、東日本大震災後、初めての来訪となりましたが、震災の被害状況や測量の結果判明した地盤の移動などを報告する展示が公開されていました。展示されている航空写真や測量結果から、今回の大地震により、既存の地図も大きく書き換えられる必要があることがわかりました。

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また、国土地理院の施設自体も罹災しており、科学館の庭にあった巨大な地図にはブルーシートが被せられていました。

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地球の曲率を模擬した面にはめ込まれた巨大な地図の上で、南西諸島脇の地図が陥没しているようです。まさに、地球規模の地震であったことが象徴的に伺い知れました。

今後は、レイアウトの製作に必要な地形の情報を集めに、頻繁に訪れることになるかもしれません。

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振り返れば、既に学生時代に他界した父親とよく山登りをしていた頃、その後ワンダーフォーゲル部に入部して山を登っていた頃、また、高校生の時、自転車に乗って初めて上越線沿線を走って三国峠を超え新潟に行った時も、神田・神保町で2万5000分の一の地図を購入していたものですが、地図も、これからは、もはや本拠地:国土地理院で調達することができます。(インターネットでも見ることもできますが。)

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「ジオラ・バー」での送別会 [雑感]

 鎌倉からつくばへの異動が決まって以降、仕事上で繋がりのあった様々な方が送別会を開いてくださっています。

 異動は予め決まっていたものとは言え、多くの方々とお会いする場に、先週以来ほぼ毎日のように、招かれています。本当に感謝です。。。


 多くの方々が、私自身が「鉄分」豊富であることを良くご存じなのですが、先週末と休日の別々の日に行われた送別会は、その二次会が二回とも鉄道模型のレイアウトが置かれている東海道線藤沢駅近くの「ジオラ・バー」で行われました。

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 1回目の送別会では、鉄分が余り豊富でない女性を含む方々が、私自身の趣味趣向を汲んでくださりご厚意で設定されたもので、2回目の送別会では、鉄分が豊富な職場繋がりの方々が、私のリクエストに応えられて設定されたものでした。

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 テーブルの上に置かれた「RESERVED」のプレートは、一次会を開く前に、予め幹事の方が、レイアウトを眺める上で最も良さそうな眺望の得られるテーブルを、直接来訪し予約された上、マスターが置いていたものです。いくら、当方のリクエストとは言え、テーブルまで予約されていたことには、本当に感謝でした。

 この2回目の来訪時は、テーブルの予約は想定外でしたが、1回目に来訪した時に、MY列車の運転が可能であることを知って、ブルートレインを一編成持参していきました。

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 今は上越線を走る「あけぼの」です。

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 落ち着いた照明の下を走る「あけぼの」を眺めながら、鎌倉での在職中、仕事や仕事以外の繋がりでご一緒させていただいた方々と、お話させていただきました。


 これまでの鎌倉での仕事や生活を思い出し、色々な方に感謝すると同時に、今後の異動先であるつくばで、改めて生活と仕事をする上での糧にしようと思うような送別会がしばらく続きます。

引越しの荷作りと残務整理の合間に、気持ちと思い出の整理も続けています。


レイアウトを追いかけて [雑感]

 2009年2月、本業の都合により、つくばから鎌倉へ転勤してきましたが、この度、つくばに戻ることが決まりました。鎌倉での生活は、6月15日にようやく終了します。


 2006年の基本設計と2007年の製作着手以降、つくばで製作に取り組んでいた日本帝國鐵道 常越本線レイアウトは、2009年2月の作者の転勤と同時に、家族の引越しとともに、箪笥や冷蔵庫が載ったトラックの荷台の片隅に置かれて鎌倉へ移動してきました。

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2008年12月 つくば

 その後、鎌倉でも僅かな時間を通じ製作が続けられ、レイアウトは一先ず完成しましたが、昨年夏のTMSレイアウトコンペの準佳作入賞と、東京で行われた国際鉄道模型コンベンションでの出展の直後、我が家のアイシスの後部に載せられて、県道と国道、そして首都高速と常磐自動車道を通り、再びつくばへ移動していきました。

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2009年9月 鎌倉
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2010年8月 東京ビックサイト

 

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2010年9月 つくば

 今年3月末には、妻と子供がつくばへ帰りました。そして、今回自分自身も、数か月の単身赴任生活を経て、家族とレイアウトを追いかけて、ようやくつくばへ戻れます。 

 振り返るのはまだ早いかもしれませんが、幾つかの仕事を担当するようになり、ドライブシャフトとユニバーサルジョイントのように駆動し続ける30歳代前半から半ばにかけての馬鹿みたいに忙しい時に転勤して、異動先でも寝る間も惜しんで、よく趣味に取り組めたものだと、呆れます。

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 しかし、冷静になると、子供の時以来、初めて復活させた鉄道模型趣味は、精神的な均衡を保つためには必要だったのだと思います。先日事故を起こしたJR北海道の283系のように、自分の中で、駆動軸の「ピン」が外れなかったことに対して、つくづくと、家族には感謝です。

 異動までの残り半月、家の中の片づけと引越しの準備に従事しつつ、僅かな鎌倉生活の時間を送ろうと思います。

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残務整理でそれどころではないかもしれませんが。

鎌倉帝都電鐵線のレイアウト製作は、一先ず休止です。

無事につくばで製作に復活できるように、荷物を整理します。


赤2号と赤11号、そして日本の緑 [雑感]

 今年2度目の風邪を引いてしまいました。咳と鼻水を薬でなんとか抑えています・・・。

 ところで、自分にとっては日常的なものとして感じていた「赤帯の塗装」を纏う旧国鉄色の列車が、今年の3月、485系やキハ58系の引退に伴って消えてしまう、、、らしいです。 臨時列車としてはしばらくの間、存続し続けるのかもしれませんが、完全な引退は時間の問題かもしれません。

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 記録に拠れば、国鉄の特急色として用いられた赤2号が最初に採用された車両は、特急「こだま」の登場の4年前、昭和29年(1954年)製造のキハ01でした。また、キハ58等の気動車に用いられた赤11号は、昭和34年(1959年)の157系に採用されたのが最初の使用例だそうです。色彩を調合した当時の技術者は、その後50年以上も、自ら作成した色が標準色として用いられることを想像もしなかったかもしれませんが、曾孫の世代まで車両の塗装に使われて、しかも日本の風景に溶け込むまで使用されたことを思うと、技術者冥利に尽きるのではないかと思います。

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 子供の頃によく眺めていた鉄道の図鑑には、それを読む子供達の気を惹くかのように、新幹線0系とともに、特急色を纏った列車の絵や写真が鮮やかに紙面を飾っていました。その後、JRが発足し、様々な列車が様々な地域色に塗り分けられるようになった頃、小学生から中学生になりつつあった自分の興味の対象は、鉄道から少しずつ無意識的に離れていき、

その後、学生時代に貧乏旅行をするようになった頃には、金銭的に贅沢ができないため、在来線の特急は乗れず、社会人になると、今度は逆に時間的な贅沢ができず、飛行機や新幹線ばかりに乗ることになってしまい、結局、特急色の「特急」に心置きなく乗ることはできませんでした。


 昨年末、夜勤シフトの合間、平日に休みを取ることができたので、初めて大宮にある鉄道博物館に行ってきました。そこで、幼い頃、両親の帰省の時に、いつも乗車していた特急「とき」に約30年ぶりに対面しました。

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記録に拠れば、自分が物心ついた頃の1970年代後半には、特急「とき」に用いられていた181系は老朽化と度重なる故障により、車両運用から外れ183系1000番台に置き換えられつつあったようです。おそらく、幼い頃の自分は、181系に乗る機会がほとんどなかったのかもしれません。

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 しかし、鉄道博物館の中に停車した181系のデッキに入ると、擬態的には「ぞくぞくっっ」とも表現できるような感覚が背中の辺りを走り抜け、平日の空いた車内の青いシートに腰を下ろすと、なんとも言えない懐かしい思いと、当時の家族団欒の思い出と、「これこそが(自分にとっては)特急だ!」と思う想いが、同時に込み上げてきました。(博物館の思う壷に嵌まってしまいました。)


 昨年夏、幼い頃の記憶を土台に、ようやく上越線をイメージしたレイアウトを形にすることをできました。一方、思い出の中の「赤い色」は、退色することがないまま、記憶の中に焼き付けられていたりします。おそらく、今後、レイアウトの上では、仕事を終えた深夜には夜行列車として、または休日の時間が空いた時には、緑の中を走る特急列車や急行列車として、「赤2号」と「赤11号」は走り続けることになると思います。

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・・・もちろん、ぶどう色2号も走り続けます。

 風邪の為、鎌倉帝都電鐵のレイアウト製作はしばらく休んでいます。ご了承ください。

常越本線の機関庫の傍で、メディアを見る [雑感]

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日本帝國鐵道 常越本線 嶽間機関庫にて

 学生時代、暮らしていた住まいに新聞拡張団が何回か訪れ、その度に嫌な思いをさせられました。その結果、社会正義を論じながら、一方で見て見ぬふりの汚いやり方で正義を売りつけるような新聞のやり方に心底うんざりするようになりました。
 きっかけは、それ以外にも色々あるのですが、社会人になってからは新聞を取らず、日々の生活の一次情報源をネットを介して、間接的にロイターブルームバーグ時事通信の通信社、時々NHKの手話ニュース(主観を極力排して限られた時間で情報をわかりやすく坦々と提示する)から仕入れ、判らないことがあれば、wikipediagoogleで調べ、一次情報源とネットを元に自分の頭で考えるようになって早10年、最近、メディアテレビや新聞)を見ながら、世間とメディアが乖離しているようになんとなく思い始めていた矢先、ネット上でその理由の一つを見つけました。
 たまたま見つけたばかりなので、自分にとってはホットな話題なのですが、、、いわゆる「テレビ」や「新聞」の中だけで騒がれているように思えている事象についてです。
・・・
「フジテレビがK-POPに肩入れする理由は簡単です
韓国歌手のCD著作権を譲渡されてるから、自身の商売のために肩入れしているだけです
公共の電波を使うテレビ局としては許されない暴挙
欧米ではテレビ局が音楽著作権を得ることが禁止されてることが多いけど、日本は野放しです

チェックする方法(この場合はフジテレビがKARAの著作権を得ていることをチェック)
http://www2.jasrac.or.jp/eJwid/
権利者名を「フジパシフィック音楽出版」 出版者にチェック
アーティスト名を「KARA(韓国)」にして検索
フジパシフィック音楽出版はフジテレビの子会社
有名曲の殆どの著作権はフジが握ってる」
・・・
そこで、日本音楽著作権協会のサイトで早速、検証してみました。
・・・
20110208.JPG
・・・
↑ まさにその通りでした。びっくりしました。検索結果を見て驚きというより、恐ろしさが込み上げてきました。 

同じくネット上で目にして、納得させられたコメントあります。
「なるほど、日本より安い著作権で
音楽など流し続けられるならそりゃ、無理やりは流行させようとするわな。

メディアはニュースを伝えるんじゃなく、作り上げるんだな。」

このような事実を目にすると、メディアリテラシーがたとえ学校で教えられなくても、少なくとも、自分の子供には教えようと思いました。いや、教えなければならないと思いました。
・・・
KAGE.jpg鉄道博物館にて


 

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