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常越本線上を走る上越国境三世代 [日本帝國鐵道 常越本線]

上越国境の入口にある機関庫を模擬した風景。常越本線越後嶽間駅の機関区。

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先週、特急「とき」を調達してから、それまで常駐していたEF64-1000と入れ替わって配置されているEF15とEF16。 

特急「とき」の時代背景にあわせるつもりで旧型の電機機関車を配置したのですが、「とき」をしばらく走らせた後、上越線を走った3世代の機関車を常越本線上に常駐させることにしました。

自分の祖父が30代の頃に活躍したEF15+EF16と自分の父が30代の頃に活躍したEF64-1000、そして、今30代の自分が生きる時代に活躍するEH200。

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釣り掛け式で抵抗制御の旧型電機から、バーニア制御の新型電機、そしてボルスタ式台車でVVVFインバータの現在機。 

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実際には有り得ない光景だけれど、並べてみると、山岳用電気機関車に共通するような物々しい雰囲気に、改めて惹かれてしまいます。

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EF15やEF16の貨物牽引機を見た記憶は、上越線の花形の「とき」に対する印象が強過ぎたせいか、ほとんど残っていません。更に、ダイヤの逼迫していた当時の上越線では、夜間を中心に走行する貨物列車に遭遇することは難しかったのだろうと思います。

しかし、上越新幹線開通後、夜行急行「天の川」を牽引するEF64-1000にはお世話になりました。社会人になってからは、特急「北陸」や「あけぼの」でも。。。 

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今はEH200の貨物列車が旅客列車よりも多く運行されている上越線。

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現実の上越線は祖父や父の世代から様変わりしてしまいましたが、常越本線では、181系の特急「とき」から683系「はくたか」などの旅客列車、EF15からEH200が牽引する貨物列車が、これからも走り続けて行きそうです。

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しかし、レイアウトの上を特急「とき」を走らせながらボーっとしていると、あっという間に時間が過ぎていきそうです。 


夕暮れの中の特急「とき」 [日本帝國鐵道 常越本線]

窓から差し込む太陽の日差しを使って夕暮れ時の風景を再現。 

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夕暮れの中でレールの上で反射するヘッドライトの明かりを見ると癒されます。 

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特急「とき」と急行「佐渡」の思い出 [日本帝國鐵道 常越本線]

日本帝國鐵道常越本線、越後嶽間駅へ特急「とき」入線。

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急行「佐渡」と急行「只見」が、特急の通過を待つ景色。

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昭和30年代に新潟から東京上京した父親が、生前語っていた話を思い出した。

今でも時々、新潟に住む叔父達と会うと話してくれる自分の好きな話。

新潟に住む母親が、東京で働く息子に会いに行く時はいつも、急行「佐渡」を使っていたという。ある時、息子が特急「とき」の切符を送り、上京してきた時があった。

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初めての特急に乗車した大正生まれの祖母は、その時、あまりにも贅沢過ぎると言ったらしい。そして、特急のクロスシートの上で正座して東京まで来たという。

背が小さかった祖母。息子に会いに行く為に、特急列車のシートにちょこんと正座している祖母の姿を、もし今見ることが出来たら、なんと慎ましい姿かと思い、おそらく自然と涙が出てきたかもしれない。

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祖母も父も亡き今、自分の息子達を連れて博物館で特急「とき」を見た時、そんな話をふと思い出して、鼻の奥がツーんと痛くなった。

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物心付いた時に、父や母と一緒に乗った特急「とき」。上越線の車中から風景を、幼い頃の記憶を手繰り寄せるように再構築した結果、今のレイアウトが出来た。

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諏訪峡の辺りのような風景。 

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水上駅近くにあるような風景。 

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新清水トンネルの入り口のような風景。 

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上越国境近くにあるような風景。 

そんなレイアウトの中を精巧に作られた特急「とき」を走らせながら、父や祖母、そしてレイアウトを作るきっかけを与えてくれた幼い頃の記憶を思い出した週末。

自分が入手した列車の中でも最も思い出深い列車を走らせながら、心の洗濯が出来たようです。


14系座席車へのカーテン取り付け [日本帝國鐡道 製造局]

深夜帯を走り続けた急行「能登」。夜行列車らしく座席車にカーテンを取り付けました。

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開閉状態はランダムに。

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14系寝台車と連結。

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連結する寝台車の方にもカーテンが必要ですが、ハシゴと共に今後取り付ける予定です。

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急行「能登」暫定編成の組成と特急「北陸」・特急「はくたか」 [日本帝國鐵道 常越本線]

当鐵道所有のEF62 11号機。

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長野新幹線が開通する前、信越本線を走行する特急「あさま」の車窓や高崎駅の構内などで、時々見たことがある機関車でした。

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横川・軽井沢間の急勾配区間において、線路と動輪との間の粘着力を確保しつつ、東北本線や高崎線などの平坦な線路での走行を可能とするために、軸重を可能な限り分散させる特殊な台車を装備した機関車。

この特殊仕様の機関車が、14系寝台車と座席車の凸凹な屋根を持つ客車を牽引する急行「能登」は、国鉄末期の列車の中でも、大分記憶に残っている列車の一つです。

今回は、手持ちの部品を用いてそれを実現。

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EF62の直後に14系寝台車を連結する為、寝台車に取り付けられていたダミーの連結器を座席車のもの交換し、寝台車にはKATO製と互換性のあるSHINKYO連結器を取り付け。

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本来加工して取り付けたかった寝台車特有のハシゴやカーテン、室内灯が手元に不足していたため、今後入手できた時に加工を行うこととして、今回は暫定編成としました。

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ひとまず、この連結を実現したかった・・・、のです。(自己満足ですが・・・)。 

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現在、東京地方と北陸地方を結んでいる特急「はくたか」と、つい最近まで走行していた寝台特急「北陸」。そして、今回組成した急行「能登」を同一駅構内に並べてみました。 

実物では有り得ない光景ですが、雰囲気は醸し出せたかも。。。


14系座席車+寝台車 急行「能登」の整備 [日本帝國鐡道 製造局]

115系1000番台の旧新潟色を調達したのと同じ時期、今から7年くらい前に、ある家電量販店で偶然見つけ、衝動的に調達してしまったTOMIXの14系寝台車。

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この14系寝台車は、大分前に製作された金型を使用して生産された模型らしく(おそらく30年くらい前の金型?)、台車枠にTNカプラの実装が出来ません。その後生産された14系座席車と比べると、技術の進歩を感じます。

当鐵道の特急「北陸」(先日掲載のブログ)に並べると、細部で見劣りするのですが、当鐵道では、車内へカーテンを取り付けたり、行先方向幕を接着するなど、細部をアレンジして、急行「能登」とすることにしました。 

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金沢到着後、一部編成が能登線の輪島まで乗り入れていた時代の14系座席車+寝台車。行先表示幕は「急行能登 輪島行き」です。

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B寝台個室やシャワー室が整備された特急「北陸」が走っていた時代には、当然ながら、14系座席+寝台の急行「能登」は走っていません。

しかし、鉄道が大好きだった小学生の時、1986年前後にEF62に牽引されていた急行「能登」と、鉄道趣味から少し離れ、社会人になり出張で度々利用していた特急「北陸」の双方の14系客車を、同じ風景の中に並べられるのも、鉄道模型を趣味としているからこそ出来ることだと思ったりします。

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今後、この14系の急行「能登」を整備していきます。 



 

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